ワクワクできるポータルポイントサイト!!

logo

日本バスケットボール界の至宝 八村塁

2019-12-20 08:07:35

2019年6月22日。日本のバスケットボール界

にとって歴史的な日となった。アメリカの

バスケットボールリーグで世界ナンバー1の実力、人気を誇るNBAに日本人が初めてドラフト指名された日である。

パワフルなプレーを兼ね備えた、日本のバスケットボール界の至宝である。

日本で「ドラフト」といえば、プロ野球のそれを思い浮かべる人が多いであろう。

プロ野球選手を目指す人々にとって、夢の舞台であると同時にとても狭き門として

有名である。プロ野球選手になれる確率は数字に表すと0.03%の確率と言われ、

ドラフト指名されることがどれだけ凄いことか容易に想像出来る。

それではNBA選手になれる確率はというと、なんと0.00000006%の確率と言われ

NBAにドラフトされることがどれだけの偉業かお分かりいただけるであろう。

NBAは世界中のバスケットボールプレイヤーにとって夢の舞台である。

日本のバスケットボールの実力は長きに渡り低迷し、

日本人がNBA選手になれるなど、夢のまた夢であった。

ましてや、ドラフトピックされることなど想像も出来なかった。

「バスケットボールにおいて、体格の劣る日本人にNBA入団は不可能」

そう考える人は少なくなかった。

しかし、この定説を打ち破った男達がいる。

本日は是非覚えて頂きたい日本のバスケットボールプレイヤー3名について

紹介していきたい。

田臥勇太というバスケットボールプレイヤーをご存知であろうか。

身長173㎝と小柄ながら高校バスケットボール界の名門、能代工業高校で一年生の頃からスタメンで活躍し、高校総体、国体、冬の選抜3大タイトルを高校3年間で全て制し

9冠を達成した日本バスケットボール界のレジェンドである。

「日本で一番NBAに近い男」と周りの期待を

背負い、彼は高校卒業後の2000年、アメリカの大学に渡るが、怪我の影響もあり、

満足のいく結果が残せなかった。その後一時帰国し、国内リーグで活躍するが、

一年で退団する。再びアメリカへと渡り、NBAへ挑戦することとなる。

NBAに入団をするには、サマーリーグと呼ばれる若手主体の

プレシーズンマッチで結果を残し、さらにトレーニングキャンプを勝ち残った者が

チームと本契約を結び、正式にNBAプレイヤーとなれるのだ。

アメリカ挑戦一年目はダラス・マーベリックスのサマーリーグに参加し、

活躍が認められ、デンバー・ナゲッツのトレーニングキャンプに招集された。

しかし、本シーズン開幕直前に解雇となり、一年目でのNBAデビューは叶わなかった。

そしてアメリカでの挑戦2年目の2004年、彼はついにNBAフェニックス・サンズと

本契約を結び日本人初のNBAプレイヤーとなった。日本人のバスケットボールファン誰もが注目したであろう、田臥勇太のNBAデビュー戦。途中出場ながら3Pシュートを決め

武器であるキラーパスを何度も披露した。私もTVの前で奮えながら観戦をしていたのを

今でもハッキリと覚えている。しかし、その後はプレータイムがなかなか与えられず、

デビュー後僅か3ヵ月で解雇となってしまった。田臥は過去にジュニア世界選抜にも選ばれた、世界でも世代屈指のプレイヤーだったのは間違いない。

しかし、それだけNBAにデビューし、生き残っていくのは難しいということなのだ。

事実、彼がNBAでプレーした2004年以降、10年以上日本人のNBAプレイヤーは

誕生せず、改めて日本のバスケットボール界は世界との壁を痛感してしまうこととなる。

田臥勇太がNBAデビューして14年後の2018年。日本のバスケットボール界に明るいニュースが飛び込んだ.

「走れるオールラウンド2mプレイヤー」として、高校バスケットボール界を

席巻し、アメリカNCAA1部に所属するワシントン大学に留学していた

渡邊雄太。彼は大学卒業後、かつての田臥と同じようにNBAサマーリーグで活躍し

NBAメンフィス・グリズリーズと2-way契約を結んだのだ。

日本にとって2人目のNBAプレイヤーが誕生したのである。下部組織との行き来や

50試合の登録という限られた中での契約だったが、田臥が成せなかった様々な記録を

残した。日本人初のNBA公式戦でのダンクシュート、二桁得点、さらには1シーズン

通しての契約満了等、日本のバスケットボールファンを湧かせた。

そして時を同じくして、冒頭でも紹介した八村塁がNCAA1部のゴンザガ大で

チームのエースとして頭角を現し、その名を全米に轟かし始めたのである。

全米が注目する強豪校を次々と破りレギュラーシーズンを一位で終了した。

決勝トーナメントこそベスト8で敗退したが、ポジション別のMVPに選出された。

シーズン途中からNBA入りは確実視され、人々の興味はドラフト何位で指名されるのかに向いていった。

そして運命のドラフト当日。彼は世界中で60人しか選ばれない、NBAのドラフトに1巡目9位でワシントン・ウィザーズから指名されたのであった。

  こうして日本人3人目のNBAプレイヤー八村塁が誕生したのだが、

前に紹介した二人と大きく違うのが「ドラフト指名」されたという点である。

前述させていただいた通りNBAにドラフト指名されるということは、

大変な偉業であり世界中のバスケットボールファンから注目されるということだ。

決してバスケットボールの強豪と言えない日本から、NBAプレイヤーが誕生することが

どれだけ大変なことか。ましてやドラフトで指名されることなど数年前までは誰が想像したであろう。

まだ何も結果を残していないのだが、サマーリーグや、世界選手権では実力の片鱗を世界に見せつけた。NBAへの道を拓いた田臥勇太。NBA1シーズンを戦い抜いた渡邊雄太。

日本人で初めてNBAからドラフトピックされた八村塁。

彼らの活躍が日本のバスケットボール界の成長にとって大きな原動力となる。

正に今、日本のバスケットボール界が大きく変わる時。

是非ともこの3人に注目し、日本のバスケットボール界に注目していただきたい。ライタライター:しんぺー